名古屋城

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日本100名城

名古屋城(なごやじょう)は、尾張国愛知郡名古屋(現在の愛知県名古屋市中区・北区)にあった日本の城です。
「名城(めいじょう)」、「金鯱城(きんこじょう、きんしゃちじょう)」、「金城(きんじょう)」の異名を持っていて、日本100名城に選定されており、国の特別史跡に指定されています。
名古屋城は、織田信長誕生の城とされる今川氏・織田氏の那古野城(なごやじょう)の跡周辺に、徳川家康が九男義直のために天下普請によって築城したとされています。
以降は徳川御三家の一つでもある尾張徳川家17代の居城として明治まで利用されました。

名古屋城の歴史

名古屋城は、徳川家康が天下統一の最後の布石として築いた城で、江戸幕府が体制を確立する激動の時代に、濃尾平野を見晴るかす高台に忽然と巨大な城郭が誕生しました。
かつて名古屋城の本丸には、天守閣の南側に本丸御殿がありました。
この本丸御殿は、近世城郭御殿の最高傑作と言われ国宝に指定されていた建物で、現在、国宝になっている京都二条城の二の丸御殿と並ぶ武家風書院造の双璧と言われていました。
勇壮な天守閣と優美な御殿が並び建つことで、名古屋城は城郭建築としての風格を形成しており、1930年(昭和5年)に国宝に指定されましたが、1945年(昭和20年)5月、空襲により天守閣、本丸御殿ともに焼失してしまいました。
後の復興にともない、1959年(昭和34年)に天守閣は再建されましたものです。

障壁画

重要文化財として狩野派の絵師により描かれた障壁画の1,047面が重要文化財に指定されています。
名古屋城本丸御殿は、狩野貞信や狩野探幽など日本画史上最大の画派「狩野派」の絵師たちにより、部屋ごとに異なる題材で床の間絵、襖絵などが描かれ、絢爛豪華に彩られていました。
戦災により本丸御殿は失われましたが、取り外すことができた襖絵や天井板絵などは焼失を免れ、今も大切に保管されていて、そのうちの1,047面が国の重要文化財の指定を受けています。
1612年(慶長17年)、徳川家康の子義直の居城として築城し、戦災で焼失したが1959年(昭和34年)、金のシャチをいただく五層の大天守閣(約48m)と小天守閣(約24m)が再建されています。
大天守閣は重要文化財の障壁画・歴史資料を展示、3階から5階にかけて「実物大金鯱模型」「石引き体験」「駕篭乗り体験」、光・音による「城内、城下の暮らし」をうかがい知ることができ、誰もが楽しみながら名古屋城と名古屋の歴史を学ぶことができます。
全国の武将隊ブームのさきがけとなった「名古屋おもてなし武将隊」が毎日城門でお客様をお出迎えし、土日祝日にはおもてなし演武も行われます。

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所在地マップ

【所在地】愛知県名古屋市中区本丸1−1

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